ラテン・リズム講座 ぼくの気分は「ラン・カン・カン」 Vol.2
by おぐりまさゆき 1984.4.1
[リズムの前に地理の勉強を!]
ラテン・アメリカ音楽の魅力については、前回ふれたとおりである。
ところで実際にリズムの話に入る前に、ここで筆者が取り上げようとしている問題の守備範囲について書いておかねばならない。というのは、今まで比較的ルーズに「ラテン・アメリカ音楽」という言葉を用いてきたが、この言葉は他の音楽ジャンルに
用いられる名称、例えば「ジャズ」 「ウェスタン」「シャンソン」「ハワイアン」などと比べ、かなり趣を異にしているからである。つまり後者はほとんどひとつの国家、時にはひとつの島から生まれた音楽であるのに対し、「ラテン・アメリカ音楽」は中南米の広大な地域に、異なった風俗習慣の下で生活する人々の中から生まれた音楽の総称だからである。
すなわち、ごく乱暴な分け方をすれば、日本で「ラテン・アメリカ音楽」という場合、それは音楽文化的な相異という意味で、
- カリブ海を中心にした、キューバやプエルト・リコ等の音楽。
- メキシコ音楽。
- チリやボリビアを中心とするフォルクローレ。
- アルゼンチン・タンゴ。
- ブラジル音楽
に大別できると思われる。この内、メキシコ音楽は地理的にはカリブ海周辺になるが一般にマリアッチ歌謡と呼ばれるように、(1)とは異った音楽を持っている。また(5)のブラジル音楽は「サンバ」「サンバ・カンソン」「ショーロ」など我が国でもすっかりポピュラーなものであるが、使用言語がポルトガル語であることや、使用される楽器及び、音楽形態等、多くの点で(1)~(4)までと異なるジャンルを形成している。
さて少々長舌な解説になったが、ひるがえって本誌はサルサ狂によって運営されるレロライ倶楽部の機関誌である。したがって、ここで筆者が取りあげる音楽及びリズムは、サルサの父でもあり、母でもある (1) すなわちカリブ油(サルサ狂はカリーベ海と読むのだ。)を中心としたものとなるのである。
これでやっと筋が通ったところで、まずは地理の勉強から入ろう。さっそく地図を開げ、マイアミ半島から出発して、キューバ、ジャマイカ、そしてひとつの島がハイチとドミニカに分れているイスパニョーラ島、プエルト・リコ、トリニダード・トバゴ、最後に南米へ上陸してベネズエラとコロンビア。これが我々の音楽における主要な地域である。
ところで我々はカリブ海の島々のことを学校で「西インド諸島」と習った。これはかのコロンブスが1492年はるばる大西洋を横断して、この地に立った時、ここをインドと間違えた。いやインドだと妄信してしまったことの名残である。しかしサルサ狂としては「西インド諸島」と呼ぶのはいかにもイモになる。ここはやはり「カリーベ海の島々」と呼びたい。ところがこのカリブ、実はこの地域にかって住んでいた食人種カリーベ族(Los Caribes)に由来する、まことに物騒な名前なのである。しかしカリーベ族の残忍さなど、コロンブス以後この地を訪れた野心家とどれい商人、そして海賊によってこの地に流された血からすれば、どれ程のことがあろうか。むしろ筆者などは、この名前に征服されたインディオと種族すら消えてしまったカリーベ族、さらにアフリカから連れてこられた黒人どれい達の涙の色をこそ連想する。 その涙が、美しいカリビアン・ブルーと素晴しい音楽を生んだ。だからこそサルサはあれほど美しく、ロマンティックなのではなかろうか。
さて、ここでようやくリズムが登場することになるが、リズムはまず耳で聞いてもらうことが一番。お利口な方はレロライ倶楽部のサルサ・パーティーに出席して、実際のパーカッションの音を聞いていただいた方がよほど早い。そこで次回からは、個々のリズムに触れる前に、まずリズムを作る楽器について書いてみようと思う。
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