サルサ涅槃 No.1 夜のサルサ
by 野口 篤子 1983.9.9
[涅槃]名・仏教ですべての違い、欲をはなれて心の安らかな、究極のさとりの境地なのだそうです。
まるでお酒を飲んでる時の様ではありませんか。
はともかく、ご存知の方は少ないかも知れませんが、これは連載物で、レロライ倶楽部は続くのです。
サルサ命(前はロック命)の主人は、毎日かかすことなく、実に律儀に聴いているのですヨ。ターン・テーブルにのっているサルサを。私もいやではない。いやよいやよもいいのうち、義理で他のものかけても、おもしろくない。ないということは一
私も汚染されている. サルサに。
曲名やパーソネルは覚えられないけれど、レコードの中から、のたうつ様なフェルトリカン達の光と影は他に類をみないのかな?
ともかく10時も過ぎ“今日も一日ありがとう”タイムになってきた頃、エリオット・ロメロの臭いボレー口が、心静かにしみとおり、
生きててよかった
となり、プエルトリコに想いをはせる様な、グラン・コンボが流れると
“明日もがんばろう、おやすみなさい”
すこぶる調子がよろしい。
しかし、サルサ狂いのア・ナ・タ。そこのアナタ。
物に道理があるように、人にはあるのです、聴きたくない時が。
素通りしてくれる様な甘ちゃんサルサでなし、こんな時は頭がウニになるの
“もう生きてられない”
返して欲しい。私の青春、サルサを知らぬあの頃に。
となるので、やっかいが起きる。
“書く勇気、伝わるサルサ、待つ読者”です。次回をおたのしみに…
[予告] サルサ涅槃・第2回は、流漂のサルサです。
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